名前になる原因

Kobe, Eunoia Gallery space

Aug 22 - Sep 19,2026

Artists

  • 古川 諒子

Eunoiaでは、古川諒子による個展「名前になる原因」を開催いたします。
本展では、古川が近年継続して探究してきた「名前」というものが持つ意味や力に焦点を当て、神戸にゆかりを持つ洋画家・小磯良平の描いた婦人像との出会いを契機として制作された新作シリーズを発表いたします。

Featured Works

古川はこれまで、文学から多大な影響を受けながら、文学的な思考や手法を絵画制作へと積極的に取り入れてきました。その代表的な方法の一つが、既存の文章を切断し、再構成することでタイトルを生成する制作プロセスです。英単語帳や説明書、教本、日記など、物語性を持たないテキストを一語ずつ切り離し、それらを偶然性や彼女自身のユーモアに従ってつなぎ合わせることで、まず作品のタイトルを生み出します。そして、その言葉から立ち現れるイメージをもとに絵画を描いていきます。その制作方法を通して、古川は「名付ける」という行為が、私たちの見る世界をどのように規定し、また、どのように新たな世界を生み出しているのかを考察しています。
このプロセスは、一般的に絵画が完成した後にタイトルが与えられるという関係性を反転させるものであり、イメージと言葉との間に新たな関係性を生み出す試みでもあります。タイトルは作品を説明するためのものではなく、絵画と同等の存在として機能し、両者の間に生じるずれや違和感が、新たな意味や物語を立ち上げます。古川にとって、この方法は自身の想像力や経験の範囲を越え、自らでは決して思い至らなかったイメージへと到達するための装置でもあります。
一方で、古川の関心は絵画に留まりません。インスタレーションや映像作品、アーティスト・ブック、キルト作品など、多様なメディアを横断しながら、「言葉」とは何か、「名前」とは何かという根源的な問いを探究し続けています。例えば、色や形の異なるキルト生地を幾何学的なルールに基づいて組み合わせ、その配列から文字や言葉を抽出する《Language Quilt》シリーズでは、言語を単なる意味伝達の手段としてではなく、視覚的・物質的な存在として捉え直しています。そこでは、言葉は読むものではなく、「見るもの」「組み立てるもの」として提示され、コミュニケーションそのものの仕組みが問い直されています。
本展で発表される新作は、小磯良平が描いた婦人像を出発点としています。しかし古川は、その物語を描き直そうとしているのではありません。彼女が関心を寄せるのは、一枚の肖像画に与えられた「名前」が、鑑賞者の認識や作品の意味をどのように形成していくのかという点です。人は名前を与えられることで一つの存在として認識され、同時に名前によってイメージは限定され、あるいは更新され続けます。
「名前になる原因」というタイトルは、名前が生まれる以前に存在していたもの、あるいは名前が与えられることによって初めて立ち現れる存在についての問いでもあります。古川は、絵画と言葉、イメージと名称、その両者のあいだに横たわる曖昧で不安定な領域に目を向けながら、私たちが世界を認識する仕組みそのものを静かに問いかけます。本展は、絵画を見るという行為と、言葉を読むという行為が交差する地点に、新たな思考の可能性を開く機会となるでしょう。

作家ステートメント

実家からバスで20分、新快速で30分。神戸は、私にとって近くて遠い都会でした。そして神戸出身の画家・小磯良平もまた、憧れの存在です。 小磯良平が描いた女性像には、《婦人像》というタイトルの作品が数多く存在します。そこで「婦人」たちは、美として理想的に構成され描かれました。そういった近代的な美の価値観を批判する方法の一つとして、描かれた人物に焦点を当て、語り直す試みが行われてきました。しかし、それではどれだけリサーチを重ねても、表象されたものが本当に彼女たちの実態であるのかという疑問が残り続けます。そこで私は、そこから少し離れ、《婦人像》というタイトルとイメージを出発点に、それを解体することを試みます。 「婦人」と呼ばれることで、そこに描かれた女性は、固有の名前を持たない存在として残されています。私は、彼女たちの本当の名前を知りたいと思いました。本展では、二文字・三文字・四文字の平仮名の組み合わせによって想定できる24,010,000通りの名前を紙に印刷しています。「あああ」「ああい」「ああう」……と、組み合わせうるすべての文字列を並べました。この膨大な紙のどこかに、彼女たちの本当の名前が必ず含まれています。 さらに、「婦人像」そのものを解体し、新たに描き直すことはできるのかを試みました。たとえば顔がなくても、手の一部分だけでも、それは《婦人像》と呼べるのでしょうか。 本展は、《婦人像》というタイトルから出発し、名指しと固有名、そしてイメージが私たちの認識 をどのようにつくり変えるのかを問いかけます。

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